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大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)109号 判決

大阪市西成区津守町西三丁目一〇〇番地

原告

杉村勝次郎

右訴訟代理人弁護士

伊場信一

右復代理人弁護士

大塚泰二

大阪市西成区千本通二丁目二八番地

被告

西成税務署長

往田武雄

右指定代理人

検事 樋口哲夫

法務事務官 風見源吉郎

同 名城潔

大蔵事務官 坂上竜二

同 本野昌樹

右当事者間の昭和四〇年(行ウ)第一〇九号所得税更正処分並に重加算税決定処分取消請求事件について当裁判所は左の通り判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求める裁判。

原告

被告が原告に対し、昭和四〇年一月五日付でなした原告の昭和三六年分所得税の更正および重加算税に関する決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

被告

主文同旨

二、当事者の主張

原告の主張

(一)、原告の本件訴までの経過(前置手続)原告は昭和三七年三月一五日に昭和三六年分の所得税について確定申告書を、昭和三八年八月五日、同年二月二五日にそれぞれ修正申告書を被告に提出した。その最終額(申告額および、譲渡所得計算の根基)は別紙(一)欄記載のとおりである。ところが、被告は昭和四〇年一月五日付をもって別紙(二)欄記載の如き更正処分並に重加算税賦課決定をなした。原告は右決定に不服であったので昭和四〇年二月三日異議の申立をなしたところ、被告は同年四月七日右申立を棄却する決定をなした。そこで、原告はさらに同年五月二七日大阪国税局長に審査の請求をなしたが同局長は同年八月二五日右請求を棄却する裁決をなした。

(二)、被告の右各決定は違法であるからその取消を求める。すなわち、原告はもと別紙(一)欄記載の宅地(以下本件宅地という)を所有していたが、昭和三六年一月一〇日宅地建物取引業長久保宏(以下長久保という)の仲介で訴外漆畑鑑一(以下漆畑という)に坪単価一〇万円代金五、九九〇万円で売渡す契約をなした。そして右契約と同時に手附金一〇〇万円を受取り残代金五、八九〇万円は同年三月二〇日振出人株式会社竹中工務店(以下竹中工務店という)の小切手でもって漆畑より受取った。しかし、その所有権移転登記は、買主の要求あるときは買主の指定する第三者名義になす旨の特約があったので、漆畑および、長久保の要求により原告から直接竹中工務店に対してなされた。右の如く原告は漆畑に売却したのであって竹中工務店に売却したのではない。ところで、長久保は竹中工務店が本件宅地の如き土地を物色していることを聞知して、売買の仲介によって巨利を貪らんことを図り、買主漆畑と共謀して、原告から坪単価一〇万円で売渡させて、他面竹中工務店に坪単価二六万円代金一五、五七四万円で転売し、その差額九、五八四万円という莫大な金額を取得したものである。右の差額の所得については、漆畑が所轄税務署(堺)に対して昭和三六年分の所得として確定申告をなしているものである。被告は右漆畑らの行為を誤解して、竹中工務店に対する転売代金一五、五七四万円の金額が原告の譲渡所得と信じ前記の更正決定、重加算税賦課決定をなしたものであって、違法である。

なお、原告は漆畑の右譲渡所得税(二二、一九四、〇〇〇円)を立替え納付したことは事実であるが、それは次の理由によるものである。本件宅地の売買契約において漆畑は買受の資力なく、事実上の買主は長久保であると推察していたところ、長久保は「富田林に安い売地六〇万坪があり、大阪大学の移転先をここに決定して貰うため東京の代議士に猛運動中であって、その結果大体決まりそうになっている。これが決まれば数億円儲かる。しかし漆畑の譲渡所得税は自分が支払ってやる約束だが、阪大の移転先の運動資金のため目下手許に余裕がない。ついては右運動に協力投資する意味で漆畑の譲渡所得税を一時立替えて支払って貰いたい。成功すれば立替金の三倍は利益配当として差上げる、失敗しても自分が全責任をもって返金する」と持ちかけてきたので原告は大いに食指を動かし右申出に応じ、資金の都合上長男所有の不動産を担保として一〇回に割賦で漆畑に代って、立替え納付したものである。そして、後日長久保は証書に代えて七通の約束手形を振出して原告に交付したものである。阪大の移転先は千里ニュータウンに決定したため長久保はその目算が外れ原告の右立替金返還請求の追及などを逃れるため目下行方を晦ましているものである。

被告の答弁並に主張

(一)、原告主張(一)の本件訴までの経過(前置手続)の事実は認める。

(二)、原告主張(二)のうち、原告がもと本件宅地の所有者であったこと、原告が本件宅地を昭和三六年中に他に売却したこと、本件宅地の所有権移転登記が原告から直接竹中工務店になされていること、漆畑が所轄税務署(堺)に昭和三六年分の所得税の確定申告したこと、原告が漆畑の所得税をその主張の如く立替納付したことはいずれも認めるが、その余の主張事実は否認する。

(三)、被告は原告の昭和三六年分の所得税の申告に対して調査したところ、原告は昭和三六年三月二〇日本件宅地を竹中工務店に坪単価二六万円代金一五、五七四万円で売渡す契約をなし、同日右代金を受領したことが判明したしかるに、原告は本件宅地を漆畑に坪単価一〇万円代金五、九九〇万円で売却した如く仮装して事実を隠ぺいしていたので、被告は原告に対し昭和四〇年一月五日付で原告の昭和三六年分の所得税に関し、本件の更正決定並に重加算税賦課決定をなしたものであって、被告のなした譲渡所得計算の根基、および右決定の算出基礎は別紙(二)欄記載のとおりである。従って右各決定には何等違法の点は存しない。

三、立証

原告

甲第一ないし第一四号証、第一五号証の一、二、第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証を提出し、証人中島昭二、同井東音五郎、同鎌田修吉、同竹内啓治の各証言および、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一二号証第一六号証、第二一号証の二、第二二号証は不知、その余の乙号各証の成立を認めた。

被告

乙第一号証の一ないし五、第二ないし第一四号証、第一五号証の一、二第一六ないし第二〇号証、第二一号証の一、二第二号証、第二三号証の一、二、第二四、二五号証を提出し、証人松浦栄、同堀内武義、同荒川真彦、同高橋芳広の各証言を援用し、甲第五ないし第一四号証は不知、甲第一六号証の中官署作成部分の成立を認め、その他は不知、その余の甲号各証の成立を認めた。

理由

一  原告主張(一)の本件訴に至るまでの経過(前置手続)の事実は当事者間に争のないところである。

二  原告主張(二)の事実中

本件宅地がもと原告の所有であったこと、原告が本件宅地を昭和三六年中に他(買主は別として)に売却したこと、本件宅地の所有権移転登記が原告から直接竹中工務店に対してなされていること、漆畑が所轄の堺税務署に対し昭和三六年分の確定申告をしたことはいずれも当事者間に争のないところである。

三、そこで原告が本件宅地を漆畑に代金五、九九〇万円で売却したか、竹中工務店に代金一五、五七四万円で売却したか否かについて判断する。

原告本人尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第五号証は不動産売買契約証書であって、その第一条には、売主原告は買主漆畑に対し本件宅地を金五、九九〇万円で売渡し、漆畑はこれを買受けた旨、第二条には、売主において金員(代金)を受取ったときは本件宅地につき昭和三六年三月末日迄に所有権移転登記並に引渡をなす旨、なお買主の要求あるときは買主の要求あるときは買主の指定する第三者に対し所有権移転登記並に引渡をなすことを承諾する旨の各記載がある。

証人中島昭二の証言中には、本件宅地の所有名義人は原告であったが、竹中工務店(営業部員中島昭二)としては昭和三六年三月二〇日仲介人長久保の言分指図に従って漆畑から本件宅地を一億数千万円で買受け、長久保に対しては仲介手数料として取引金額の三%程度の四五〇万円を支払った旨の供述がある。原告本人尋問の結果中には、本件宅地を昭和三六年一月一〇日漆畑に対し代金五、九九〇万円で売却した旨の供述がある。

以上の各証拠は一応原告の主張事実に副うようであるが、しかし同じく原告の提出援用する証拠のうち原告本人の尋問の結果によって真正に成立したと認められる甲第六号証は長久保の原告宛の証と題する昭和四〇年一月二八日付書面であって同書面中には長久保が原告から本件宅地を取得し、所得額二、四〇〇万円に相当する利益を取得した上これを竹中工務店に譲渡したに相違なき事を証明する旨の記載がある。また成立に争のない甲第四号証は原告作成の昭和四〇年二月三日提出に係る本件所得税の異議申立書であって、同書面中には本件宅地を原告は三井商事代表者長久保に坪当り一〇万円で売却し、さらに長久保は竹中工務店に坪当り二六〇万円で売却し、差額九、七八四万円を所得し、これを自己の所得として申告せず漆畑を説得して同人名義で同人の昭和三六年分の所得税申告を堺税務署(提出した旨の記載がある。さらに証人井東音五郎の証言中には、昭和三六年一月一〇日頃もと本件宅地などの管理をしていた証人(井東音五郎)の紹介で原告を三井商事の代表者だという名刺を持参した長久保との間で本件宅地を坪当り一〇万円で売買する契約が成立した旨の供述があるなど、食違う証拠もあって原告の主張に副うような前記証拠は直ちに措信することは出来ない。他に原告の主張事実を認めるに足る証拠はない。

そこでさらに考察しなければならないのであるが、証人中島昭二の証言および原告本人の尋問の結果によると、本件宅地の売買に関し仲介などの重要な役割を果たしたと目される長久保は昭和四〇年中頃から行方をくらましていることが明らかであるし、また本件宅地の買主といわれる漆畑は昭和四一年八月一四日死亡したことが本件記録上(死亡届)明らかであるので右両名に対する尋問によって真相究明をつまびらかにし得ないことは心残りのことである。

しかしながら、左記認定の(1)ないし(6)の諸事実を総合すると、原告は昭和三六年三月二〇日長久保の仲介によって竹中工務店に本件宅地を昭和三六年三月二〇日代金一五、五七四万円で売渡したことが窺い得られるのである。すなわち、

(1)  本件宅地の所有権移転登記が原告から直接竹中工務店に対してなされていること(この事実は当事者間に争のないところである)

(2)  証人松浦栄の証言および同証言によって真正に成立したと認められる乙第一二号証(漆畑に対する質問応答書)によると、漆畑は本件宅地を買受けるに充分な資力のなかったこと、本件宅地の売買について漆畑は買主となる名義を貸しただけで、金銭(代金)の授受その他一切は長久保および土地所有者である原告の間で行われたこと、そして竹中工務店からの代金(小切手)領収証は竹中工務店で長久保、原告立会の上、漆畑において印鑑を押したが漆畑は小切手の裏書代金収受をしなかったことが認められる。

(3)  証人中島昭二の証言、原告本人の尋問の結果の一部および弁論の全趣旨によれば、本件宅地の所有名義人は原告であったが、竹中工務店(営業部員で係担当中島昭二)としては本件宅地が買収出来、登記も有効に完了すればよいとのみ考え昭和三六年三月二〇日仲介人長久保の言分指図に従って漆畑から本件宅地を坪単価二六万円代金一五、五七四万円で買受け、代金の支払、移転登記に要する書類などの授受は竹中工務店において、中島昭二、原告、長久保、漆畑などの同席のもとで行われたこと、竹中工務店は長久保に対しては仲介手数料として取引額の三%程度の四五〇万円を支払ったことが認められる。

(4)  証人高橋芳広の証言および同証言によって真正に成立したと認められる乙第二二号証(意見聴取書)によると、長久保は竹中工務店から受取った代金(本件宅地の売買代金)中二、四〇〇万円だけ原告の了承のもとに、直接(竹中工務店から)受取ったこと、そしてこの金で税金を支払ってやると原告に契約し、その他の残金全部は原告が受取ったことが推認できる。

(5)  成立に争のない乙第一八号証(杉村勝次郎の竹内啓治に対する昭和三八年一一月三日付委任状)乙第一九、二〇号証(杉村勝次郎の印鑑証明書)および証人荒川真彦の証言並に同証言によって真正に成立したと認められる乙第二一号証の二(所得税の異議申立決定決議書の審理てん末調書)によると、原告の代理人として竹内啓治が竹中工務店の営業部員中島昭二と同道して昭和四〇年三月二四日、原告の本件更正決定に対する異議申立について西成税務署に出頭して事情を上申した際原告が本件宅地を竹中工務店に売却した事実については両名とも特に異議を述べるでなく、本件宅地は原告漆畑竹中工務店という譲渡形式をとった関係上漆畑が堺税務署へ納付すべき税金を長久保が原告から受領したが、その金二、四〇〇万円を長久保が着服して納付しないので、これを必要経費として認めてほしいと要望したことが認められる。

(6)  成立に争のない乙第一四号証(杉村将次の大阪国税局長宛納税者漆畑鑑一のための昭和三八年一一月二〇日付担保提供書)乙第一五号証の一、二(右担保物件の登記簿謄本)乙第一六号証(滞納者漆畑鑑一に関する滞納処分票)乙第一七号証(漆畑鑑一、杉村勝次郎の大阪国税局長宛昭和四〇年二月六日付還付金返還請求権譲渡通知書)前記乙第一八号証および証人竹内啓治の証言の一部、原告本人の尋問の結果の一部を総合すると、漆畑は本件宅地を原告から買受けさらに竹中工務店に売却したとしてその譲渡所得について昭和三六年分の申告を堺税務署になしたが、実際は右の売買の事実がなく譲渡所得を得ていないので納付すべき金員の持合せのないところからして原告において漆畑の依頼によるものとして、昭和三八年一一月三日その息子杉村将次名義の不動産を漆畑の所得税(三三、一六五、九四〇円)の納税担保として提供し分割納付の許可を受け原告が漆畑のため順次代理納税をなして来たこと、ところがその後漆畑は竹中工務店に売却の事実がない(昭和三六年分の譲渡所得がない)ものとして漆畑に対する昭和三六年分申告所得税が漆畑に還付されるようになると原告は右還付金二、二一九万四、〇〇〇円を漆畑から譲受け大阪国税局に対しその還付請求の手続をとったことが認められる。

ところで、原告は、漆畑の昭和三六年分の所得税を代理納付したのは、長久保が大阪大学の富田林に移転するについてその敷地に関連し数億円儲かるから大阪大学移転運動の協力投資の意味で漆畑の所得税を一時立替え納付し、移転が成功すれば勘くとも右立替金の三倍の利益配当を差上げるし、失敗しても金責任を以て返金すると持ちかけたのに対し大いに食指を動かしてその申出に応じたにすぎない、後日長久保はその証書に代えて七通の約束手形を原告に交付したと主張するのである。しかし右主張に副うような証人竹内啓治の証言、原告本人の尋問の結果の一部は前記認定の事実および弁論の全趣旨に照らすと直ちに信を措くことはできない。証人竹内啓治の証言によって真正に成立したと認められる甲第八ないし第一四号証は長久保振出の昭和三九年一月一四日付受取人原告なる額面合計三、三六〇万円の七通の約束手形であるが、前記認定の事実、原告本人尋問の結果の一部および弁論の全趣旨に照らすと、右約束手形が原告主張の如き趣旨で長久保が振出して原告に交付したものとする証拠にすることはできない。他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

そうだとすると、被告主張の譲渡所得計算の根基もこれに基づく更正決定も何等違法の点は存しない。

四  次に重加算税賦課決定の点について判断する。

前認定の事実から明らかなように原告は本件宅地を昭和三六年三月二〇日竹中工務店に代金一五、五七四万円で売却したのであるし、また原告は資力のない漆畑に本件宅地を昭和三六年一月一〇日頃代金五、九九〇万円で売却したとして、甲第五号証の原告、漆畑間の不動産売買契約証書を作成し、昭和三六年分の所得として原告主張の如き確定申告をしたのである。そして、漆畑において本件宅地を買受け、さらに竹中工務店に売却して譲渡所得を得たとして堺税務署に昭和三六年分の所得税の確定申告をするや、原告において漆畑の所得税を代理納付したのである。これらの事実からみれば原告は所得税の計算の基礎となるべき事実を隠ぺいし又は仮装したものということができる。そうすると被告の算出に基く本件重加算税賦課決定にも何等違法の点は存しない。

以上の通りであるから本件の更正決定および重加算税賦課決定の違法を前提とする原告の本訴請求は理由がなく棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 石崎甚八 裁判官 光辻敦馬 裁判官長谷喜仁は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 石崎甚八)

別紙

〈省略〉

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